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吉本隆明さん死去 大衆と歩んだカリスマ オウム、サブカル…時代論じ

 日本の戦後思想に大きな足跡を残した吉本隆明さんが16日、亡くなった。1960年安保、学園紛争時代には若者たちの“教祖”と目されたかと思うと、80年代以降はファッション、サブカルチャーまで論じ、常に時代の若者を引きつけ、多方面に影響を与え続けた「思想の巨人」だった。

 既成左翼を批判する理論的指導者として学生の教祖的存在だった吉本さん。昭和43年に出版された「共同幻想論」は、学生の間でベストセラーとなり、読んでいなければキャンパスの中で肩身の狭い思いをしたほどだった。

 高度消費社会を積極的に評価した80年代には、人気女性誌「アンアン」にコム・デ・ギャルソンのファッションで登場したこともある。しかしその姿勢を批判した、作家の埴谷雄高(はにやゆたか)さんと、資本主義や消費社会について激しい論争を繰り広げた。

 その思想には、「大衆の原像」と呼ばれた吉本さんの理念があった。「大衆の存在様式の原像をたえず自己の中に繰り込んでいくこと」。常に大衆とともに歩み続けた。

 ただ、決して大衆に迎合していたわけではない。オウム真理教事件については、平成7年9月の本紙「宗教・こころ」欄などで、麻原彰晃被告の存在を「評価する」と発言、大きな反響と議論を呼んだ。そこには、宗教問題として考えたいという思いがあった。

 15年、「夏目漱石を読む」で小林秀雄賞を受けたときは、車いすで授賞式に登場、スピーチでは漱石論を延々と語り、主催者側がやむなく止めに入ったほど。集中的な思考の力は晩年になっても衰えることがなかった。

 アニメ、マンガに至るまで広く関心をもち、批評を続けた。時代と格闘し、大衆とともに歩んだ知のカリスマだった。

 ■次女・ばななさんツイート 遺志つぎよい仕事を

 吉本隆明さんの次女で作家のよしもとばななさん(47)は16日午前、短文投稿サイト「ツイッター」で吉本さんが亡くなったことに触れ、「私も姉もいちばんそれぞれらしいことをしているときに亡くなり、父らしいなと思いました。父はいつでもひとりではなかったし、家族に愛されていました」と心情を吐露。「最高のお父さんでした。私を最後にばななさんと呼んだ遺志をついでよい仕事をします」と父を悼んだ。

 ◆名実ともに戦後終わった

 「吉本隆明1968」の著書がある鹿島茂・明治大教授の話「貧困を大義名分に『金権ブルジョア』を攻撃していた1950年代の世界の左翼陣営で、吉本さんはそうした手法が貧者の足の引っ張り合いを招くと厳しく批判した。知識の習得など個人的な努力や工夫で貧しさを抜け出すことを肯定する『自立』の考えは、後の思想的潮流を圧倒的に先取りしていた。吉本さんがいなければ、日本はまともな国にならなかった。亡くなられたことで名実ともに戦後が終わった」

 ◆自前の言葉、希有な思想家

 宗教学者の山折哲雄さんの話「一般に言われるような『反体制の思想的リーダー』というレッテルでは捉えきれない思想家だった。日本の思想は戦後、数多く外国に紹介されたが、吉本さんの言葉は独創的なために翻訳されにくく、同じく翻訳が少なかった柳田国男や折口信夫に通じる。戦後、知識人の思想や運動と大衆文化の間には常に深い溝があったが、そのギャップを懸命に埋めようとした人だった」



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120316-00000134-san-soci
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[ 2012/04/16 06:02 ] 未分類(その他) | TB(0) | CM(0)
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